第7話




近くにいた数人が叫び声を上げる。

千夏は足が竦んで動けなかった。声も出ず、ただ目をぎゅっとつむる。

少しの間を置いて右ひざに痛みがあり、紙コップが手から地面に落ちた。

「痛っ!」

「千夏!大丈夫!?」

朋子と辰雄が駆け寄る。

ひざは痛むけれども、心配を掛けたくなかった。千夏は平気な振りをして、笑顔を作ろうとした。

しかし次の瞬間、視界が真っ白になる。

千夏はそのまま意識を失った。












ゆっくりと目を開け、意外に近い天井をぼんやりと見つめる。

「目、覚めたっ。」

朋子の嬉しそうな声を聞いても、自分の今の状況がよく分からない。

「大丈夫か?」

辰雄の心配そうな顔なんて、ほとんど見たことがなかった。

「試合もう終わったで。東中の逆転サヨナラやぞ!9回裏で、まず2番がヒット打って・・・。」

「さぁ、君達はもう行った行った!彼女が休めないでしょ。」

延々試合の様子を説明しようとする辰雄に苦笑して、20代後半だろう女性は二人を追い返そうとする。

「ええー、もうちょっとここに・・・。」

「ゆっくり休みなよ。・・・千夏、今日はほんまにごめんな。」

「ううん。つきこの気持ち嬉しかったし。ありがとぉ。」

朋子は渋る辰雄を引っ張って、出て行く。



グラウンドへ戻る途中、東中のユニホームを着た生徒が二人の方へ歩いてきた。

逆光で顔が見えない。

「あっ・・・!」

すれ違う時に一瞬見た顔に、朋子は小さく声を漏らした。








「あなた日射病で倒れたのよ。帽子くらい被んないと!」

病院の人だろうか、見たことのない人だった。

千夏は半身を起こして、初めて周りを見回した。

シートを全て倒すと、繋がって一つのスペースになるタイプのワンボックスカーのようで、

千夏はそこに寝かされていた。

「あぁ、私は東中の養護教諭で、応援に来てたの。あなたが倒れたから、保護者の方に車を貸してもらってるのよ。」

千夏の様子に気づいた先生が説明する。

「すいません・・・。」

「いいのよ。後、足はボールが一回バウンドして当たったから、骨に異常はないと思うけど、

一応ちゃんと病院で診てもらって?」

その言葉で千夏は、右ひざに包帯が巻かれていることに気づいた。

「じゃあ私はあなたが目を覚ましたこと、保護者の方に伝えてくるから。帰りは私が送ってくから、

もう少しここで待ってて。」

「はい。あ、ありがとうございましたっ。」

先生は千夏に微笑んで、車を降りた。



ふぅっと息を吐き、再び横になる。

今頃謙太は何をしているだろうと考えた。



ガラッ。

ドアの開く音に、千夏は首だけ動かしてそちらを見る。

謙太が立っていた。

千夏は驚いて飛び起きる。

「あがっていい?」

千夏に声を掛け、千夏が頷くとシートの上に座り、二人は向き合う形になった。

謙太はまるで試合中のような真剣な顔をしている。

「ごめん。オレがボール捕れんかったから・・・。」

頭を下げた。

そんな姿を見たくて、今日来たんじゃなかった。

そんなことを言ってもらいたいんじゃなかったのに
───

心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。

自分のせいで謙太にこんな表情をさせているのがつらかった。

謙太は頭を上げ、千夏の目を見て言葉を続ける。

「オレどうしたらいいかな・・・。どうやって償ったら・・・。」

謙太の真っ直ぐな目は、野球をしている時の、千夏が見てきた謙太の目と同じだった。

図書館の時の冷たい目とは違う。

涙が零れそうだった。

もっと一緒にいたい・・・。



「・・・ファウルボールやったし、倒れたんは日射病のせいやけん、

全然謙太く・・・川原君のせいじゃないんよ。迷惑掛けて

ごめん。・・・・・・けどもし良かったら・・・よかったら、勉強教えてもらってもいいですか?」

言い終わって、急に恥ずかしくなった。

「・・・だ、ダメやんね?」

謙太に断られるのが恐くて、思わずそう訊く。

「いいよ。」










辰雄は自転車を押して、朋子をバス停まで送っていた。

いつもと違い言葉少なで思いつめた顔の辰雄を、朋子は不思議に思う。

バス停目前で、突然辰雄が立ち止まった。

「どしたん?」

朋子が数歩後ろにいる辰雄を振り返る。

「・・・なぁ、千夏の好きなヤツって誰や?」



夕立を予感させる、微かに水分を含んだ夏風が吹いた。













   





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