第6話




次の日も天気は快晴で、抜けるような青空に入道雲が浮かんでいる。

東中学校の対戦校は、隣の市の石崎中学校だった。

今日の試合は隣の市で行われるため、千夏と朋子は朝から電車とバスを乗り継いで、

球場まで来ていた。

公園内に造られた球場は、少し歩けば海を眺めることができる。

スタンドはなく二人は草むらに腰を下ろした。

ふと隣に影が落ちて、千夏はそちらに目をやる。

「ちょっ・・・なんで辰雄がここにおるんよ!ここ辰雄んちから遠いやん。」

「試合で何べんもチャリで来よるけん余裕やし。」

辰雄はにこにこしながら千夏の隣に座り込む。

「田岡君、今日試合ないやん。」

嫌な予感がして、朋子も迷惑そうな顔になる。

「そんなん言われたって、千夏行くんやったらオレも行くわ。・・・ここでおってもええよな?」

自称『子犬の瞳』で千夏を見つめる。

「そんな目したって気持ち悪・・・。」

「東中ー!走れ走れ!!」

「・・・・・・聞いてないし・・・。」

「恥ずかしいわぁ。」

既に目前の試合しか頭にない辰雄に、二人揃って溜め息を吐いた。












三塁からホームへ走る謙太。ヘッドスライディングをして、東中学校に3点目が入った。

泥まみれのユニホームでナインと笑い合う。

謙太を見ていると、千夏は暑さも気にならなくなり、周りの声も聞こえなくなる。

謙太が笑うことが、自分のことのように、或いはそれ以上に嬉しかった。

朋子はそんな千夏を分かっているので、声を掛けたりはしない。

「なんやあれ!?集中せぇや!!」

辰雄ががばっと立ち上がり、エラーをした選手に叫ぶ。

千夏と朋子は野球バカを無言で見つめた。






「にしても、辰雄今日も部活あるんじゃないん?」

千夏が尋ねると、あからさまにギクリとする。

「ずる休みー?」

「ちゃうわっ。・・・今はええや・・・。」

「あ、田岡君ちゃん?」

「絶対田岡君や!やっぱ目立つなぁ。」

辰雄の言葉は、突然後ろから掛けられた声によって遮られる。

振り返ると、東中学校の制服を着た二人の女子生徒がいた。

「田岡君、あたしらの周りでめっちゃ有名なんやで?めっちゃええキャラよな。笑える。」

「田岡君4番やろ?川原君と全然違うよなー。川原君めっちゃカッコええもん。」

二人は笑いながら話す。

辰雄は誰とでも話ができるタイプなので平然と話しているが、千夏と朋子は馬鹿にしたような

話し方が不快だった。

テンションの高さにも唖然としてしまう。

「あ、えっと・・・飛澤さん?な、そやろ!?」

二人のうち一方と目が合うと、指差される。

「そうやけど?」

その態度と馴れ馴れしさに、不機嫌さを隠し切れない返答になる。

それに千夏としては、試合を見ていたかった。

謙太は当分の間、打席が回ってこないが、謙太のいる場所から目を離すと、それだけで落ち着かない。

東中学校の二人も、謙太がベンチにいることがわかっているからこそ、

こうして話しているのだろうけれど。



「やっぱり!飛澤さんも知っとるよー。田岡君と付き合っとるんやろ?」

「あたしらよく東中の試合見に行くんやけど、飛澤さんも田岡君の応援しによく来とるよな?

ラブラブやなぁ。」

驚きのあまり、言葉が出ない。

「二人が並んどん見たら、ほんまお似合いやね。あははっ。」

馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

「オレらお似合いやって、千夏?」

頼みの綱の辰雄は、否定するどころか、嬉しそうに千夏を見る。

「ばかっ。そんな訳ないやん!全然違うし!」

辰雄を睨んで早口で言う。

「そんな照れんでもええってー。」

「いつから付き合っとん?」

「やけん違うって・・・。」

千夏と辰雄が付き合っていることを信じて疑わない二人に、何を言っても聞いてもらえない。

「・・・ちょっと。千夏が違うって言いよんやけん、それでええやんか。しつこいで!!」

朋子が二人を睨んで言う。

二人は一瞬何を言われたのか分からないという顔をしたが、すぐに睨み返す。

「何なん?あんたが口出すことじゃないんちゃん?」

「あんたらが千夏の話聞かんけんやん!」

「お前ら、やめーって・・・。」

「田岡君は黙っとってっ!!」

見事に三人の声が揃った。






三人の言い合いは激しさを増す。

周りの観戦に来た人達が、試合ではなく朋子達の方を見ている。

選手達もグラウンドからフェンスの向こうへ目をやる程だ。

「やけんずっと違うって言いよるやんか。千夏には他に好きな人がおるん!!」

「つきこっ・・・!」

慌てた千夏の声に、朋子は自分の失言に気づいた。

「・・・あたし、飲み物貰ってくるけん・・・。」

穴があったら入りたい気持ちで、うつむいて東中学校の保護者のいる所へ向かう。

試合の応援に行くと、保護者から飲み物が配られる。

初めのうちは遠慮していたが、1年も通っていると顔を覚えてもらい、今ではその好意に甘えていた。



謙太も先程の騒ぎから、千夏を見ていた。

しかし何が起ころうと、今は試合中である。

「川原!!行ったぞ!!!」

張り上げた声に、球場は静まり返る。謙太に一斉に視線が集まった。

謙太はすぐにボールを見据えた。

レフトのほうへ飛んでくるが、このままではファウルだ。

手を伸ばして飛び上がる。

けれどボールは謙太の頭上を越えて、フェンスの向こうへ
───





そこには紙コップを持った千夏がいた。

「危ないっ!」



謙太がそう叫ぶのが聞こえた気がした。













   





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