第11話




携帯電話のサブディスプレイには

『謙太くん』の文字。

慌てて折りたたみ式の携帯電話を開くと謙太からメールが一通、届いていた。



ボタンを押す指が震えそうになる。一通のメールを開くだけの動作に、こんなに勇気が必要だなんて、

初めて知った。

一度大きく深呼吸をして、目を閉じたまま表示ボタンを押した。




恐る恐る、まぶたを上げる。画面には謙太からのメールの本文が、映し出されていた。

『ごめん。今日行けん。』

謙太からの初めてのメールはたった10文字の言葉だった。



初めてのメールがこれかぁ……。



思わず溜め息が漏れる。

一瞬前の、期待と不安の混ざり合った緊張は消え失せて、

何かをあきらめたような、切ない気持ちだけが残った。




『分かった。』

それだけを返信すると

千夏は小さく息を吸った。


「勉強しよっと。謙太君に頼ってばっかりやと、いかんよね。」



何かに集中していないと謙太のことばかり考えて、ますます落ち込んでしまいそうで、

千夏は一人で勉強を始めた。









話があるとだけ言うと少年は謙太の返事を待たずに歩き始めた。仕方なく、謙太は彼の後に

付いて行く。

神社の境内へと続く階段の前まで来た所で、少年は立ち止まった。

階段の両脇に並ぶ木々が影を生み出し、微かに吹く風が、木の葉を揺らして光を散らす。



「オレに用があるんだろ?」

立ち止まったまま、口を開こうとしない少年を怪訝に思い、謙太が尋ねる。

「お前さ、千夏のこと………。」

少年の恐いくらいに真剣な瞳が、睨むように謙太を見据えた。

「……え?」




「千夏のこと……どう思っとるんや?」

すぐ近くの梢で、ニイニイゼミが鳴いている。

その声がいっそう大きくなったように感じた。





「…………だよ。」

謙太の言葉は、鳴き続けるセミに掻き消された。









この問題はこのままじゃ解けないから、

まず式を変形して……。




少し前までは、考えても考えても分からなくてシャープペンを動かすことすら出来なかった、応用問題。

それが、教科書や参考書を見なくても、スラスラと解けた。



『この問題?これは、………。』

謙太の声が、頭の中によみがえってくる。

謙太が問題集を覗き込む度に距離が近づいて、ドキドキした。



『今の説明で分かった?』

わたしが理解出来たかをいつも確認してくれて、分からなかった時は、もう一度丁寧に教えてくれた。




だいすきな人に毎日会えて

勉強を教えてもらえて……

夏休みが始まる前とは、

比べられないくらい

しあわせだった。



けれども

あの時とは比べられないくらい

彼をすきになってしまったから



こんなに苦しくて

切ない。




「……家で勉強しよ。」

涙がこぼれそうになって慌てて勉強道具をカバンの中に入れる。

筆箱に手を伸ばした瞬間、誤って床に落としてしまった。


『馬鹿だな。』


謙太の言葉を思い出した途端

堪えていた涙が、千夏の頬を伝った。













   





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送