第10話




今日は何だったんだろう・・・。

謙太と辰雄に、野球をしているという以外の共通点は思い浮かばなかった。

二人の間に何かあったのだろうか。

それとも私が何か怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。

以前の図書館での謙太に戻ってしまうのではないかという不安が消えなかった。






その日の夜はほとんど眠れないまま、日曜日の朝になった。

午前7時。

今日も図書館に行くが、まだ時間に余裕がある。

昨日のことをいろいろ考えて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

気分を変えようと、いつもは母がする犬の散歩を引き受けた。

「あついなー・・・。」

一歩外に出ると、気温はまだ上がり切っていないけれど、日差しは鋭い。

愛犬ムクと共に、歩いて15分くらいの所にある川を目指す。

早足で歩くと、何も考えずに済んだ。

河川敷に着く。まだ早い時間のためか、千夏以外に人は見当たらない。

千夏はムクのリードを外し、両手を空へと伸ばした。

目を閉じて深呼吸する。

水面を渡って吹く風が心地よかった。



「ワフッワフッ!」

ムクは芝生の上をご機嫌に駆け回っている。

ベンチに座りムクを目で追っていると、向こうから誰かが走ってきた。

ランニングをしているんだろうと思っていると、ムクがうれしそうにその人物に向かっていく。

「ちょっ・・・ムク、ダメっ!」

慌ててムクを止めに行く。

「・・・・・・辰雄?」

ムクの頭を撫でていたのは、ジャージ姿の辰雄だった。

「千夏・・・。」

少しだけ辰雄の表情が曇った。

「・・・ムク、久しぶりに会ったわ。散歩か?」

「うん。・・・辰雄はランニング中?」

「おぅ・・・。」

昨日のことがあるので、少し気まずい。

謙太とのことを訊きたいと思うけれど、言い出しにくい。

辰雄はムクのためにしゃがみ込んでいたが、立ち上がり汗を拭った。

「・・・お前の好きなヤツってアイツやったんか?」

「え?」

「東中の川原・・・。」

辰雄の言葉に目が丸くなる。

そういえばきちんと話してはいなかったかもしれないけれど、とっくに知っていると思っていた。

「うん。・・・あたし謙太君が好きなん。」

「・・・そっか。お前ら・・・っ・・・・・・付き合いよんか?」

一度言葉を詰まらせて、複雑そうな顔をして言う。

どうして辰雄が、こんな顔でこんなことを言うんだろう・・・。

「まさかっ。そんなんありえんよ。」

「え・・・けどさ・・・!」

途中で口を噤んで、考え込む。千夏は『けど』の続きが気になった。

「お前、ほんまに川原が好きなんか!?」

「・・・う、うん。」

突然、真剣な顔のままで咎めるように訊かれ、頷くことしかできない。

「・・・分かった。」

それ以上は何も言わずに、辰雄は再び走り始める。

「あっ、辰雄待って!あたしも訊きたいことあるんっ。」

辰雄は振り返らなかった。








午前9時30分。

今日は図書館の開館前に着くつもりで、家を出る。

謙太とちゃんと話をしようと思った。

恐くて知らないままにして置いても、不安なだけだから。





同じ頃、謙太も家を出て図書館に向かっていた。

あと10分程で着くところで、道にキャップを目深に被った少年が立っていた。

目が合う。

「お前・・・。」








10時を過ぎても、謙太は現れなかった。

約束は11時だけれど、最近は謙太の方が先に来ていたから不安が募る。

もう来てくれないんじゃないだろうか。

目をぎゅっと閉じて、そんなことはないと自分に言い聞かせる。

教科書を広げる気さえ起きず、ただ窓の向こうに謙太の姿が見えるのを待っていた。



その時、マナーモードにしていた携帯電話から小さな振動音が聞こえた。












   





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