虹の王子様


突然の驟雨が、うつむいた向日葵や置き忘れたままの麦わらぼうしへ降り注ぐと、たちまち乾ききっていた道路が色を変えた。

その道路の片隅に置かれていた段ボール箱。

その中から今にも途切れそうな小さな鳴き声が聞こえて、里緒は足を止めた。

覗き込むと真っ白な子猫が震えている。夕立の所為で底には浅く水が溜っていた。里緒はその子猫を抱き上げた。

「一緒に行こうか?」

その眼を見て尋ねる。返事を聞く事は出来なかったけれど、里緒は再び歩き始めた。

子猫が濡れないように、傘を前に少し傾けて――――。



家に着く頃になると雨は上がり、中断されていたセミの鳴き声が辺りに響き始めた。

頭上を覆っていた雲は風にのって流れ、青空が戻る。晴れた空を見上げて里緒は子猫に嬉しそうに話し掛けた。

「見て!虹が出てる!」











「虹[コウ]?いる?」

里緒が呼び掛けると、ベッドの中からそれに応えるように白いネコが顔を覗かせた。

1年前に夕立の中から連れ出した彼は、それから里緒の家で暮らしていた。

掴むと折れてしまいそうだったその首に、今は金色の鈴の着いたリボンが巻かれている。

「そこにいたの。・・・今日は満月だから、もう何処かに出かけちゃったかと思った。」


張り出し窓の向こうの満月は、今までに見た事がない程明るい。

里緒が窓に近付いたのを見て、虹はそこへと飛びのり、里緒の顔を覗き込むようにして見た。

それに気付いた里緒は虹と目の高さを同じにして、溜め息と共に呟いた。




「虹が人間だったら良かったのにな・・・。」




何気ない言葉。けれどそれはその瞬間、魔法の呪文へと変わる。虹はまるで微笑むかのように目を細めて

―――いや確かに微笑んで、開け放たれていた窓から屋根へと移り、そのまま道路へと軽やかに飛んだ。



「・・・虹?」

さっきの様子が気になり、窓から身を乗り出して声を掛けるが、返事はない。

少し悩んだ後、虹を追って道路へと出た。虹がいるはずの場所へ視線を移す。そこで里緒は小さく悲鳴を上げて、目を見開いた。



捨ててあったであろう古いコートに包まれていたのが、ネコではなく人間だったから――――。




里緒と同じ歳くらいである少年は、里緒の方を見て嬉しそうに笑った。

「里緒!俺、人間になれたんだ!!」

彼の言葉をゆっくりと頭の中で繰り返す。けれど、その言葉の意味を理解する事は出来なかった。

何も言わない里緒を少年は不思議そうに見つめて、言葉を続ける。

「・・・俺のコト分かるだろ?虹だよ!」

コウ?虹はネコで、人間のはずない。里緒の口から出た台詞は、コウと名乗る少年の期待するものではなかった。

「ウソ。ゴメンナサイ、誰?私、あなたのコト知らないです。」

「・・・・・・なんで?」

驚いた顔で里緒を見る。―――信じられない、というように。

里緒はその言葉には応えず、家へ戻るために彼に背中を向けて歩き始めた。



「人間だったらって言ったのは里緒じゃねェか!」

その時後ろから届いたのは、あまりにも悲痛な声で。ハッとして振り返ると、うつむいた彼の姿が見える。



その時になってやっと、里緒はこの奇跡に気付いた。



慌てて彼のところへ駆け寄る。

「傷付けて本当にごめんなさい。虹、一緒に家に戻ってくれる?」

虹はゆっくりと顔を上げた。そこには、手を差し出して心配そうに自分を見つめる里緒がいた。


―――虹はそっと、その手を握った。






「お兄ちゃんの服でごめんね。」

里緒の兄の服に着替えた虹に言う。虹は軽く笑って、別にいいと返した。

「にしても、人間になって見ると、なんかこの部屋が別の場所みたいで変な感じがする。」

ネコだった時は、ほとんどの時間を里緒の部屋で過ごしていた虹が言うので、なんだか可笑しくて里緒は少し笑った。

「でも、ホントに夢みたい。ねぇ、どうして人間になったか聞いてもいい?」

「・・・・・・里緒に借りがあるから、それ返そうと思って・・・。」

虹は気恥ずかしくて、少しぶっきらぼうに言う。すると、

「そっか。・・・・・あ!じゃあ、明日私が行きたい所に付き合って?それでおあいこでしょ?」

目を合わせて、大丈夫、と言うように里緒は笑った。









照りつける太陽に、潮の香りを含んだ風。乾いた砂浜に打ち寄せる波。

里緒が両親に見つからないように家を出て向かったのは、電車で2駅先の海だった。

「・・・なんでネコだった俺を海に連れてくるわけ?」

さっきから波打際のギリギリで不機嫌そうに海を見ている。予想通りの態度に里緒は笑いを堪えながら、とぼけて尋ねた。

「アレ?虹は海嫌い?」

「キライ。ってかネコなんだから水苦手に決まってるじゃん。」

「でも、もう人間でしょ?」

その言葉に言い返せなくなった虹に、遂に吹き出した里緒を見て、虹は更に顔をしかめる。里緒は慌てて謝って虹を手招きした。

「何っ!?」

「ゴメンってー。お詫びに面白いコト教えるから。」

そう言って、さっき見つけておいた巻き貝を虹の耳にあてる。

「耳をすますと、海の音が聴こえるんだよ。」

「・・・・・・ホントだ、波の音がする・・・。」

初めて知った事実に感動している虹を邪魔しないように、里緒は少ししてから話し始めた。

「それなら水が苦手でも平気でしょ?虹も海が好きになってくれると嬉しいから、その貝あげるね。」


「・・・ありがとう。」





家に帰って、部屋に2人で寝転がる。今日あった事や、明日やりたい事を取り留めもなく話していると、突然部屋の扉が開いた。

「里緒!今日は朝から何処行ってたの!?・・・あら、ゴメンナサイ。そちらどなたかしら?」

「お母さん!?」

虹の事をどう言おうか里緒が考えようとした時、虹が急に立ち上がった。そしてそのまま、窓から外へと飛び出してしまう。

「虹!?待って!!」

その行動の理由に思い当たるものがあった里緒は、母を押し退けて慌てて虹の後を追った。





『ゴメンナサイ、誰?私、あなたのコト知らないです。』

あの時の台詞を頭の中で繰り返し、今更酷く後悔する。

虹も母の言葉を聞いて里緒の言った事を思い出し、反射的に逃げたのだろうと思う。

「虹、・・・ドコ?」

家を出た頃に降りだした雨のせいで視界が狭い。

泣きそうになるのをこらえて、もう一度声を出そうとした時、ふと、ネコの鳴き声が聴こえた。

声のした方を見て、一瞬、ここが1年前のあの日である錯覚を起こす。



「・・・虹?ネコに戻っちゃったの・・・?」

そこにいたのが怪我をして雨に濡れた、一匹の白ネコだったから――――。



里緒の言葉を聞くと、虹は寂しそうに鳴いて駆け出した。

「え・・・!?待って、虹!そんな意味で言ったんじゃないよっ!?」

すぐに追いかけたけれど、虹を見つける事は出来なかった。

雨はやがて上がった。



けれど、その日の夕立は、夕焼けは連れてきたけど、虹は連れてこなかった。









里緒はそれから毎日、虹を探しに出かけた。けれど、虹と出会う事は出来なかった。

そしてそのまま、夏休みの最後の夜を迎える。

その夜の月は満月だった。前の満月の晩の事を思い出して、何となく窓を開けてみる。

見上げれば、あの日より少し顔のぼやけた月がいた。その月に話し掛けるように呟く。

「ねぇ、私は虹が側にいてくれるだけで嬉しかったんだよ?ずっと、大好きで大切なんだよ?」

虹と出会ってからの事を思い出しながら続ける。

「また、側にいたいよ・・・。」





同じ月を、虹は里緒と訪れた海の防波堤から見ていた。となりにはもう掴む事が出来なくなった巻き貝。

里緒に拾われてから、満月に願いをかける事は習慣になっていた。

(溜め息を聴くだけなんてイヤだった。もっと側にいたかった。だから人間になりたかったのに―――。)

叶ったはずの祈りの副作用は、一番の願いすら掻き消した。

それでもまた月に願う。

(もう一度、里緒の側にいさせて下さい。)



2つの祈りを満月は繋げる。










新学期が始まり、里緒は通い慣れた学校へと向かう。朝のホームルームで転校生が来ると先生が言った。

途端に教室は騒がしくなる。その中で一際大きな声が、窓際の席から上がった。

「あ!!アレ転校生じゃない?」

クラスの大半の生徒が窓の側へと駆け寄る。里緒もそれに参加して、窓から校庭を見下ろした。

校庭を歩く一人の少年。それは里緒の一番会いたい人物だった。

「うそ・・・・・・。」

思わず涙が溢れた。幸いな事にクラスメートは転校生に夢中で、誰も里緒の涙に気付かない。

里緒は涙を拭って、思いきり窓から身を乗り出した。そして――――。





青空の下の彼に届くように、誰よりも大きな声で彼の名前を呼んだ。




                                                                    The End  

                                                           企画:南海 執筆:李乃  





この話は南海サンの漫画の原作にするために書いたもので、ストーリーは殆ど南海サンの案です。
GWには完成させる予定だったのに、いつの間にやら夏休みに・・・(汗)。
今、公開中の『猫の●返し』と微妙にかぶったりするのかな?観てないから分かんないですけど(汗)。
ってか、その心配より自分の文才の無さを心配しろって感じですね(泣)。・・・南海サンの漫画に期待しましょう☆



▼もし、気に入っていただけたら、投票お願いいたします。▼



   



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送