最後の夏休み



賽は投げられた


 蝉時雨と茹だるような暑さが辺りを包んでいた。この夏は猛暑になると聞いたのは、七月の始め頃だっただろうか。

その言葉通り毎日太陽が照り付け、草木は死にかけたようにぐったりとしていた。

夏休みに入ってから雨が降ったのは、丁度三日前のあの日だけだ。

 そう、あの雨の日から――――もしかしたら僕がここへ来たときから、何かが、確かに、変わり始めた。










 電話口の所で、もう何回目のなるか分らない台詞を、僕はもう一度繰り返した。

「だから、まだ帰らないんだってば!」

その後に続く母の台詞もさっきと変わらない。僕は母に気付かれないように、小さく溜め息をついた。

ずっと睨み付けていた黒いダイヤル式の電話から、開け放たれたままの玄関の方へと視線を移す。

風を通すために開けている筈の戸から風は入らず、鋭い日光だけが家にまで侵入を試みる。

庭に朝方撒いた水は、すっかり地面とコンクリートに吸い込まれてしまっていて、いつものように乾ききっていた。


 「ちょっと、聞いてるの!?」

母の怒りを含んだ声で意識は電話へと連れ戻される。

「いい?あなたと話してても埒が明かないから、おばあちゃんと変わってちょうだい。」

………それは無理な相談だ。余計な心配をかけないように、わざわざ祖母が出かけた後、電話を掛けたのだから。

その作戦の甘さを呪っていると、不意に庭に人影が見えた。瞬間、僕は思わず声を上げてしまった。

「おばあちゃん!」

「ただいま。あら、電話誰からね?」

祖母は団扇でパタパタと顔を煽ぎながら、尋ねる。

「母さん。」

それだけ答えて、受話器を持った手を祖母の方へ伸ばす。その行動の意味が分ったらしい祖母は、僕から受話器を受け取った。

後は祖母に任せるしかない。もし無理で帰れと言われても、素直に帰れる自信はないけれど。




 祖母の横に立って待つのもどうかと思って、強く受話器を握っていたせいで汗ばんだ手を洗いに行く。

冷たい水が気持ち良くて、暫くそのままの状態でいると、祖母が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。



 電話の向こうの母は、僕が出ると呆れたような口調で話し始めた。

「拓、あなたまだ自由研究終わってないんですって?………仕様が無いから、終わるまではそっちにいていいわ。

それから、お母さん怒ったりしないから、そういう理由ならちゃんと言いなさい。」

最後の台詞の前半に大きな疑問は残るが、今の僕はまだ此処にいられるという安堵感が強く、大して気にはならなかった。



 電話を切った後、祖母にお礼を言うと、祖母は「いいんよ。」と言って笑った。

「でも、本当はどうして帰りとうないの?………いや、来たときはすぐにでも帰りたそうやったからねぇ。」

そう言って、その時の事を思い出すように目を細めた。

「なんとなく……かな。」










 今は確かめないといけない事があるから。

 僕はまだ、帰れない。

 八月二十日。僕が此処へ来てから、一ヶ月が過ぎていた。


         




この話は去年の夏休みに、南海さんの漫画の原作にするためと、現代文の宿題として提出するために、書き始めたものです。・・・・・・未だに完結してないんですが(汗)。
今年の夏休みで終わると良いなぁ・・・。何気に、PSソフト「ぼくのな●やすみ」がテーマだったりします。



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