中学三年生四月
始業式の後は大掃除があり、その後のホームルームが終わったクラスから下校することができる。
担任の長い話をぼんやりと聞いていると、少しずつ廊下の方が騒がしくなるのがわかった。
早く帰りたいな・・・。
中学三年生の春。
わたしの片想いは、もうすぐ一年を迎える。
「なんか三年になったって実感わかんよなぁ。」
「ほんま。もう受験生やで。」
ようやくホームルームが終わり、千夏と朋子は、満開を少し過ぎてしまった桜の木が両脇に並ぶ校門をくぐった。
「うんうん。千夏もええ加減勉強せぇよ。」
「・・・・・・辰雄!?」
急に隣に並んだ人物を驚いて見ると、まるで始めから三人で帰っていたかのように辰雄が立っていた。
「ちょっと!何で辰雄がおるんよ!?」
「今日は部活休みなんやって。オレも一緒に帰らしてくれや。」
「何で新学期早々辰雄と帰らんといかんのよ!」
「だってオレらクラス別れたんやぞ!?もう前みたいに一緒におれんやねぇか!!」
辰雄と千夏、そして朋子は二年生の時に同じクラスだったが、三年生になって辰雄だけ別のクラスになったのである。
「田岡君・・・聞いとる方が恥ずかしくなるよ。」
既に涙目の辰雄と、そんな辰雄の様子に全く気づいていない千夏。
朋子は呆れたように二人を見つめた。
文句を言いながらも、結局三人で歩いていく。
「そう言えば、辰雄、次の東中の試合っていつ?」
「あぁ・・・来週の日曜にウチとするけど・・・何?応援来てくれるん?」
辰雄の目が輝く。
「うん。・・・行きたいなぁ。」
会えるのは月に一、二度。
ほんとはもっと・・・もっと彼の近くにいたいのに───
わたしの片想いは、とても途方もないものに思えた。
「マジで!?めっちゃうれしいわぁ。やっぱ千夏オレの事・・・」
「あ!!千夏、空、空!」
辰雄の呑気な声は朋子の声に掻き消され、千夏は空を見上げる。
「あっ!!」
空には、後ろに白い線を引いて飛ぶ飛行機が小さく見えた。
慌てて立ち止まり、両手で枠を作って空にかざす。
「47個目・・・。」
「何しとん?」
辰雄が不思議そうに尋ねる。
「なんか今女子の間で流行っとるんよ。まず、こうして両手の指でVサインを作るやろ?で、この指先を重ねた枠の中に飛んどる飛行機を
100体掴まえると願いが叶うんやって。」
朋子が説明するが、辰雄はさして興味はわかなかったようである。
「へぇー・・・。で、千夏は何が叶ってほしいん?もっと賢くなりますように、とか?」
「違うわ、ばかっ!」
からかって言う辰雄を少し睨む。
「・・・・・・辰雄には言わんよ。」
少しだけ寂しそうに千夏が言ったが、辰雄は気づかずに口を尖らせた。
「何やそれ。」
「もうええやん。はよ帰ろ。」
千夏は笑って先に一歩踏み出す。
やわらかな四月の空の下を、三人は再び歩き始めた。
願いは、中学二年生のあの時から一つしかない。
グラウンドの上一面に広がる夏空を、真っ直ぐに飛ぶ飛行機が、千夏の頭には浮かんでいた。
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