ひらひら ひらひら

舞い落ちる紅い、紅い、紅葉

すっかり朱色に染まった視界の中、

一つだけ、見えた光

自らを死に至らしめる闇夜に光る刃の光、

気付いたときには、自らの相棒は刃の持ち主の心の臓に突き立てられ、

あらたに紅葉が散った。

朱路

血生臭い動乱の夜、

その中でもひときわ際立つ血狂いの夜、

元治元年六月五日、世に言う『池田屋事件』である。

尊皇攘夷派の志士達が、強風の夜、京都に火を放ち、

敵対する親幕派の公家を血祭りに上げ、天皇を長州に

奪取する。

その情報を古高俊太郎を拷問して手に入れた新撰組は即、行動にでた。

近藤勇、土方歳三で組を二つに分け、

それぞれが京の町に古高捕縛の知らせを受け、集ったであろう志士たちを探索にでたのである。

池田屋に志士達が集まっている、

情報を得たのは探索方山崎烝、

そして、並み居る志士、20名近くに切り込んだのは

局長近藤勇率いる新撰組の先鋭達5名だけだった。

「御用改めでござる。」

その声が合図となり、歴史にのこる殺戮劇は始まった。

新撰組一番隊組長沖田総司

その時、23歳、若くして天然理心流免許皆伝の腕前であり。

斉藤一とならぶ剣の使い手である。

その時、彼は自らの師匠、近藤勇とともに、

松門四天王吉田稔麿、肥後宮部鼎蔵など、並み居る志士たちの中にたった二人

で切り込んでいった。

真っ赤な紅葉、

まだ、紅葉には早いと言うのに、

敵と自らと、そして仲間の血で咲いた紅葉、

祇園祭りの宵山の夜、

聞こえるのは断末魔の声と剣戟の音、

ああ、綺麗だな・・・・・・・

もはや血の匂いに慣れきるほどに人を切った、

修羅と化したこの身には、血の朱さえ美しい、

ただ、それでも、自分が人であるのは・・・・・・・

さしむかう  心は清き  水鏡

遥か昔に聞いた低い男の声、

あの人と、今、ともに戦っている父のように慕った師匠、

そして、自らの信念のために、

血にすべる刀、

それでも振るおうとしたとき、

胸が突然痛み出した。

なんとか敵に止めを刺し、

口に広がる血の味に顔をしかめる。

「まだ・・・・・・まだだ・・・・・・・・・・」

そんな言葉が漏れた。

「まだ、死ねないんだよ!!」

あの人たちと、自分の夢を果たすまでは、

夢を果たしたら、自分も紅葉の中を、修羅の路を辿ろう。

あの人たちの夢とともに生きれないのは哀しいけれど、

私は大きくなったら日本一の剣客になります!!

そう誓ったのはまだ10歳の頃、

あの時も綺麗な紅葉が舞っていた。

あれとはまったく違うけれども、今も、そしてこれからも

私は歩むのだろう、

紅の路を、

それが私の定めであるのだから、

そうして笑って散ってゆこう、

この美しく舞う落ち葉のように

潔く、美しく、

計都の本領発揮の時代物です。

大河ドラマ決定記念、新撰組池田屋襲撃、でした。

一応沖田総司が主役ですが・・・・

あの俳句誰が作ったのか新撰組ファンならおそらく有名なものだと思います。

鬼の副長、土方歳三です。←これは本当、どうやら下手の横好きだったみたいですが。

沖田総司に送ったものだとされているんですが・・・・・

さてさて真偽のほどはいかがなものでしょうか?

沖田総司は当時、死病とされた労咳(結核)で世を去ります。

天才剣士のおそらく、最高の見せ場を書かせていただきました。

血なまぐさくてごめんなさい・・・・・・

後・・・・新撰組ファンさんごめんなさい・・・・・・





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